河東碧梧桐(9)
畑打や茶山戻りと語り合ひ
季語は「畑打ち」で春。
こちらは蕪村の
春雨やものがたりゆく簑と傘
を下敷きにしているような句ですね。それにしても、この句の中を流れている時間は、本当にゆったりとしています。現代は確かにそれを許してはくれないのですが、せめて俳句に関わっている時だけは、と思ってしまいます。
◆
引用句典拠/『日本詩人全集 30』(新潮社/1969年発行)16頁
河東碧梧桐(8)
烏帽子屋へ殿の使や春の月
季語は「春の月」で春。
蕪村的な物語俳句ではないでしょうか。筑紫磐井さんの真似は出来ませんけれど、この手の俳句、けっこう好きです。
◆
引用句典拠/『日本詩人全集 30』(新潮社/1969年発行)16頁
河東碧梧桐(7)
箒木は皆伐られけり芙蓉咲く
季語は「芙蓉」で秋。「帚木」の方は夏の季語。
季語の取扱に関し、厳密であることと緻密であることとは、まったく違うことなのだと思います。一句に季語となる言葉が二つあろうと三つあろうとそれらが連関していさえすれば、取り立てて否定せねばならない問題とは思われません。もっとも、緻密たらんとして作為を込めすぎるのにも賛成しかねるのではありますけれど。
掲句、中七の「けり」は計算尽くなのかどうか、ですね。あんまり考えていない、なのかも知れませんが、ちょっと気になる使い方です。
◆
引用句典拠/『日本詩人全集 30』(新潮社/1969年発行)15頁
河東碧梧桐(6)
強力の清水濁して去りにけり
季語は「強力/登山」で夏。「清水」でも夏ですが。
強力を傍若無人と捉えている訳ではなく、むしろ逞しさ、生命力の讃美に近い、そんな気がします。
◆
引用句典拠/『日本詩人全集 30』(新潮社/1969年発行)15頁
河東碧梧桐(5)
赤い椿白い椿と落ちにけり
季語は「椿の花」で春。
有名句であり、名句であるとも思います。しかし、それ以上ではないとも思います。好きな句なのですが、緩さも感じてしまうのです。おそらくその原因は、「と」だろうと思います。
◆
引用句典拠/『日本詩人全集 30』(新潮社/1969年発行)14頁
河東碧梧桐(4)
四五本の棒杭残る汐干かな
季語は「潮干/干潟」で春。
「棒」や「杭」が俳句の素材として意味を持ち始めたのはいつ頃からなのか、些か興味のあるところなのですが、少なくともこの句においては、まだその様な意味は持たされていないようですね。
◆
引用句典拠/『日本詩人全集 30』(新潮社/1969年発行)14頁
河東碧梧桐(3)
桃咲くや湖水のへりの十箇村
季語は「桃の花/桃咲く」で春。
この句の明治27年当時、これは変哲もない風景、実景であったに違いないのですが、平成20年の今にとっては、まったく淵明の「桃花源記」の世界に思えてしまいます。
蛇足ですが、人にはそれぞれに「むかし」で一括りにされてしまう諸々があり、そこでは歴史的時間の流れなど無視されて、すべてが並列的に「むかし」なようですね。碧梧桐を読んでいて私が感じるのは、芭蕉や蕪村の時代と明治とは、平成なんぞよりも遥かに近しいということなのです。
◆
引用句典拠/『日本詩人全集 30』(新潮社/1969年発行)14頁
河東碧梧桐(2)
網代守時雨にうとく老いにけり
季語は「網代/網代守」で冬。仮に「時雨」としても、冬。
この「うとい/疎い」の意味は多様ですから、一句のニュアンスは多分に読み手任せのように思われます。そのどれを取るにしても、「疎かったので老いた」という論理には面白いものを感じました。
◆
引用句典拠/『日本詩人全集 30』(新潮社/1969年発行)13頁
河東碧梧桐(1)
我庵は粥の薄きを鶯を
季語は「鶯」で春。
二つの「を」の使い方が面白いので引きました。ここは上五の「は」を受けてのことですから、変なテニヲハの使い方をしている訳ではありませんが。
◆
引用句典拠/『日本詩人全集 30』(新潮社/1969年発行)13頁
岡井省二(3)
水際の藜のいろとなりにけり
季語は「藜」で夏。
複数に意味が取れるようですね。私の解釈は、水際に藜が生えていて、それが水際らしい藜の色に感ぜられ、なるほど水際の藜とはこのようなものであるのか、と思ったのだ、と。
ま、意味は、それほど大事とは思っていないのですが、少なくとも、水際と藜とは見えていなくてはなりませんね。
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引用句典拠/句集『猩々』(角川書店/1993年発行)22頁
古舘曹人(6)
而してきのふもけふも鷹柱
季語は「鷹柱」で秋、と思います。秋の「鷹渡る」の傍題と考えてのことなのですが、冬の「鷹」の傍題とする考えのなくもなし、とは思っています。鷹の渡りのコース上に見られる現象のようですが、幾つかの知られた観測地があるようで、その季節になれば鷹見が行われているようですね。
◆
引用句典拠/句集『繍線菊』(角川書店/1994年発行)153頁
古舘曹人(5)
つれづれに月も二十日の舟の上
季語は「月」で秋。
普通の月を詠みたい、などとは、凡人の戯言なのかも知れません。しかし、名月を中心に配置された月の季語を眺めていると、私の付き合っている月はそんな特殊な月ではなくて至極ありふれた月の筈、という思いに囚われてならないのです。
今日は、旧暦ならば7月15日。月齢は14で、満月は17日の早朝になるようですが、季語ならば正しくも「盆の月」になります。
◆
引用句典拠/句集『繍線菊』(角川書店/1994年発行)151頁
古舘曹人(4)
捩花のおもひがけなき遠江
季語は「捩花/ねぢり花」で夏。
「沖」時代、筑紫磐井の「国誉め」の俳句に出遇い、それ以後、私には地名を詠む時の心構えのようなものが育ってしまったようです(磐井さんに対する正しい解釈であったかどうかは、これは知りませんけれど)。簡単に言ってしまえば、地名を汚さない、なのですけれど、案外に難しく、しかし、面白くてなりません。
◆
引用句典拠/句集『繍線菊』(角川書店/1994年発行)142頁
大島雄作(8)
さざんくわの襲ほどきの雨なりし
季語は「山茶花」で冬。
「沖」系統の、その造語性に関しては、随分とここにも取り上げてきた気がします。しかし、造語性の是非を論じるつもりは今もありません。結果としてのその一つ一つの可否をこそ、と思うからです。造語癖は兎に角、技術としての造語は間違いなく大事なのですから。
「襲(かさね)ほどき」、巧すぎる気もします。しかし、言い得て妙、とも思います。
◆
引用句典拠/句集『鮎苗』(編集工房ノア/2005年発行)172頁
古舘曹人(3)
猛犬のゐさうな蛍袋かな
季語は「螢袋」で夏。
「猛犬注意」という札が貼ってあっても、猛犬がいるとは限りません。でも、猛犬のいそうな雰囲気というものは、この世に間違いなく存在しています。
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引用句典拠/句集『繍線菊』(角川書店/1994年発行)141頁
古舘曹人(2)
ありさうなところにいつも藪柑子
季語は「藪柑子」で冬。
ふと思ったことが五七五の調べに乗っていて、しかもその思ったことに理がないのを良しとする、と言ってしまえば簡単なのですが、凡愚の脳はなかなかそれに達してはくれません。
やはり、多作多捨、なのかも知れませんね。
◆
引用句典拠/句集『繍線菊』(角川書店/1994年発行)113頁
古舘曹人(1)
苧殻箸立てて三河の山や川
季語は「苧殻」で秋。
古いかも知れない、とは思っても、好きなものは好きなのです。新しさは大切ですが、古さには安心感があります。…、結局はバランスなのでしょう。
◆
引用句典拠/句集『繍線菊』(角川書店/1994年発行)55頁
大島雄作(7)
お日柄のよくて筵の唐辛子
季語は「唐辛子」で秋。
さる句会で、私の選句は叙情性に傾いている、とのご指摘をいただきました。そうかも知れないし、そうでないかも知れない、と、その時は思いました。「抒情」をどう定義するかの問題だと考えたのです。その際、このことに深入りはしなかったのですが、結局は把握の感覚の問題に帰着してしまいますから、それで良かったのだと思っています。
一般論として言えば、「沖」育ちは叙情派だと思います。大島雄作も、その一般論の範疇の一人に間違いなさそうですね。
◆
引用句典拠/句集『鮎苗』(編集工房ノア/2005年発行)198頁
大島雄作(6)
蚊喰鳥昭和の貌をしてゐたり
季語は「蚊喰鳥」で夏。
平成の世も20年、昭和も遠くなってしまいました。今どき、蝙蝠を捕まえようとするこども達がいるとも思えませんし、…。
◆
引用句典拠/句集『鮎苗』(編集工房ノア/2005年発行)188頁
大島雄作(5)
水鉄砲の沈んでゐたり金盥
季語は「水鉄砲」で夏。
俳句は物が提示されていれば、ほぼ、それで足りてしまうのだと思います。訳知り立ての俳句など、嫌味という他はありません。
◆
引用句典拠/句集『鮎苗』(編集工房ノア/2005年発行)119頁
大島雄作(4)
山に雪あけびの蔓を編みをれば
季語は「雪」で冬。
飯田龍太の
なにはともあれ山に雨山は春
の「に」と「は」の使い方に感心したのは、もう随分と昔のことになります。畢竟、一句の中の間の取り方の問題ではあるのですが。
◆
引用句典拠/句集『鮎苗』(編集工房ノア/2005年発行)72頁
大島雄作(3)
榧の木のうしろに秋の来てゐたり
季語は「秋来る/立秋」で秋。
榧、常緑針葉高木にして幹は直立、とあります。だからどう、と言う訳ではありません。むしろ、この同じ「常緑針葉高木にして幹は直立」の中から、作者によって何故に「榧」が選ばれたのか、なのです。しかし、それはおそらく、作者にも解せないことの一つと思えます(これが解せている作者なんて、私は信用しませんけれども)。
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引用句典拠/句集『鮎苗』(編集工房ノア/2005年発行)62頁
高木石子(19)
置き立ちし団扇のもとに戻りけり
季語は「団扇」で夏。
ここでの「団扇」は、無意識のランドマークであったのでしょう。人の為すことの不思議、と、ある人は言いましたが、人間にとって人間ほどに観察に値する生物はいない、そんな気がします。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)26頁
高木石子(18)
手を置きし膝に鶴ゐる春著かな
季語は「春着/春著」で新年。
能村研三の
青林檎置いて卓布の騎士隠る
と比べるべきなのか、それとも、山口誓子の
かの巫女の手焙の手を恋ひわたる
と比べるべきなのか、なのでした。私にとって前者は一句の仕掛けに関わり、後者は発話者の視線に関わる、と言うことになります。やはり、後者でしょうね。
仮に妙齢ではなかったとしても、この手に(鶴にではなく)、発話者の目は繰り返しその動きを追っていたに違いないのです。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)14頁
大島雄作(2)
月齢を一つ加へて雪だるま
季語は「雪達磨」で冬。
昨夜より月齢を加えた月は、その分だけ大きくなったのでしょうけれど、地上の雪達磨は一日を経て、やはり痩せたに違いありません。
◆
引用句典拠/句集『鮎苗』(編集工房ノア/2005年発行)8頁
高木石子(17)
知つてゐることには答へ草萌ゆる
季語は「下萌え/草萌え」で春。
さてさて石子先生、確とは知らないことには、なんとしたのでありましょうか。「知らない」とは言わなかったとは思うのですが、…。しかし、正直であろうとしたことは、これは間違いなさそうです。
それにしてもこの季語、随分と会話を楽しんでおられたようですね。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)169頁
高木石子(16)
旦あり夕のありて梅白し
季語は「梅」で春。
この季語の斡旋ですと、「朝に道を聞きては、夕べに死すとも可なり(朝聞道、夕死可矣)」を思うのは当然なのですが、この中七までのニュアンス、些か孔子先生とは意見を異にしていらっしゃるような…。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)169頁
高木石子(15)
眦に雨月の思ひ深めをり
季語は「雨月」で秋。
発話者自身の眦と取るのが妥当なのでしょうけれど、ここは一人の女性を思いたいところ。確かに、漢詩は「春の女は 思い/秋の士は 悲しむ」と言っていますから、秋興・秋思は男に加担するものとも言えそうなのですが。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)174頁
高木石子(14)
斑鳩は塀より暮れて虫鳴ける
季語は「虫」で秋。
このように言われてしまったならば、斑鳩の秋は、塀から暮れなくてはいけないのです。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)194頁
高木石子(13)
人の行く方へ歩みて年暮るる
季語は「年の暮」で冬。
我が道を行くのは、若さだと思っています。「僕の前に道はない」も「僕の後ろに道は出来る」も、若さの自負に違いないのです。それを否定しようとは思いません。ただ、老いたらば、老いた者の歩き方があると思っているのです。方向より、むしろ歩き方をこそ大事にして、と。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)221頁
高木石子(12)
明日ありと思へぬ雨の夕牡丹
季語は「牡丹」で夏。
ある年齢に達すれば(そうでなくとも、ですが)、これは発話者自身のこととして読み取れます。これを肯定するのも、否定するのも、畢竟読み手次第と言うことになります。言い換えれば、この句の価値は、読み手の生き方で、天とも地とも言い得てしまうことになるのでしょう。
私個人は、そう、今日をこそ大事にしたいと思っているのですけれど。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)227頁
高木石子(11)
一書より一書と日脚伸びにけり
季語は「日脚伸ぶ」で冬。
「一書より一書と」の読み取り方には、少しく幅があるようです。その中で、自分の有り様に近いところに私は片寄ることに。積み上げられた読むべき数多の本、その中の一書から一書へと少しずつ日脚が伸び、さてさて春の近いことでもあるし、冬籠もりももう少しのこと、ここは少し頑張ってもう何冊かを読んでしまわねば…、と。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)246頁
高木石子(10)
冬となる人の噂の中に住み
季語は「立冬」で冬。
「人の噂の中に住み」とは、諦念であると同時に、誰かへの語りかけでもあったのでしょう。外出のままならぬ身からの(実際には、入院していた筈ですが)、自分を噂してくれているかも知れない誰彼に向けての、たまには顔を見せてくれないか、という呼びかけ、そんな気がします。
こんな句を作れる人を羨んでみても仕方ありませんね。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)267頁
高木石子(9)
川床もはや貴船の雨の冷え冷えと
季語は「川床」で夏。句意からすれば、晩夏より初秋、八月も残暑の候。「川床名残」とするには幾らか早い時季かと思います。
俳句を始めて季感に悩まされたのは、二月と八月でした。俳句を始めるまでの二月はもっとも寒く、雪のよく降る季節でしたし、八月はまさに夏休みの最中でした。旧暦感覚も今ではやっと身に付き出しているのですが、時に、狂います。
一句、すでにビールではなく、日本酒をぬる燗にして、なのかも知れません。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)103頁
高木石子(8)
京に似し町とも言はれ花篝
季語は「花篝」で春。
発話者は必ずしも京に似ていることを諾ってはいないようですが、しかし、この花篝においては、とも思っているようです。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)103頁
高木石子(7)
雛の軸かけて雪降る日なりけり
季語は「雛の軸/雛祭」で春。
静謐な時間の流れている俳句には惹かれるものがあります。掲句もそのような一句。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)93頁
高木石子(6)
わが朝寝妨げず掃く音すなり
季語は「朝寝」で春。
妻俳句、と思います。もう一句だけこの人の妻俳句を引けば、
障子貼る正しき暮し妻にあり
でしょうか。少なくとも句の上では、愛妻家であったようです。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)103頁
水澤秀子(3)
秋風に身を反らしゐる蚕かな
季語は「秋風」で秋。
蚕蛾の卵から繭を作らせられたのは、中学の時の夏休みではなかったかと思います。今どき、そんな授業は無くなってしまったのでしょうね。桑の葉も、手に入り難くなってしまったことでしょうし…。
◆
引用句典拠/句集『櫓音』(邑書林/2007年発行)104頁
水澤秀子(2)
桐の木に夜濯の水流しけり
季語は「夜濯」で夏。
波多野爽波の
桐の木の向う桐の木昼寝村
を、踏まえているようにも思います。だからどう、と言うことはないのですけれど。
「夜濯」などの人事の季語を、この句のように人事に寄せずに詠むことには大いに賛成なのですが、ではどうするのかを説明することが私には出来ません。まして、「桐の木」でなくてもよいだろう、などと思っている人には、なのです。
◆
引用句典拠/句集『櫓音』(邑書林/2007年発行)76頁
水澤秀子(1)
二筋の水尾を引きをり秋の簗
季語は「秋の簗/下り簗」で秋。
まだ簗としての仕事を為しているとは言え、すでに漁期の過ぎている気配がこの句にはあるようです。澄みゆく水と、深まりゆく季節と、…。多くを語らぬ句の故に、多くを思ってしまいます。
◆
引用句典拠/句集『櫓音』(邑書林/2007年発行)45頁
七田谷まりうす(1)
海酸漿鳴らせば雨の降つて来し
季語は「海酸漿」で夏。
何々すればの「ば」は、ああだこうだと考えずに使った方が良いのかも知れません。この「ば」に知的計らいを施せば、ほぼ間違いなく臭みが残ってしまうようなのです。
◆
引用句典拠/句集『北面』(花神社/2004年発行)168頁
岡井省二(2)
春はもとより能の衣の猩々緋
季語は「春」で春。
いいなあ、と思うのですが、何処がどう良いのか、さっぱり分かりません。それにしても「猩々緋」、随分と残酷な染めですね。それが「能」で昇華されつつも、やはり「春」の酷薄さに通じているような、そんな気もするのですが。
◆
引用句典拠/句集『猩々』(角川書店/1993年発行)7頁
高木石子(5)
枯菊のほとりのものも枯れにけり
季語は「枯菊」で冬。
確かに枯れの姿にもいろいろとある訳で、大仰な枯蓮もあれば、単なる枯草という慎ましいものまで、なのです。そして、この句のこの「ほとりのもの」などは、草であるかどうかすら判らないのです。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)76頁
高木石子(4)
うしろより案内をしつつ草紅葉
季語は「草紅葉/草の色」で秋。
客を何処かに案内するのならば先に立つでしょうから、ここは公園とか庭園とかを客の歩に合わせてのそれでしょう。客の視野の邪魔にならぬように、差し出がましい真似はせぬように、ということでしょう。
◆
引用句典拠/句集『顕花』(天満書房/1994年発行)67頁
鴇田智哉(21)
舟に覚めもんしろてふのゐたところ
季語は「蝶」で春。
鴇田版胡蝶の夢、でしょうか。この人の俳句の中を流れている時間は、本当にゆっくりとしていると思います。それを楽しめれば、それで充分なのです。そして、
ゆく春の舷に手を置きにけり
とも。たぶん、古の人も、こんな句を作る人とならば、と思うのではないでしょうか。
◆
引用句典拠/句集『こゑふたつ』(木の山文庫/2005年発行)88頁
鴇田智哉(20)
その草のしきりに揺れて秋の昼
季語は「秋の昼」で秋。
こういう時間が欲しい、こういう時間を誰かと共有したい、そんな気のしてしまった一句でした。
◆
引用句典拠/句集『こゑふたつ』(木の山文庫/2005年発行)75頁
鴇田智哉(19)
それからを家まで戻る螢の手
季語は「螢」で夏。
やわらかい手が、螢を握りつぶさないように、逃がさないようにしているのです。たぶん、もう片方の手は、それこそぎゅぅっと誰かの手を握っているのです。
◆
引用句典拠/句集『こゑふたつ』(木の山文庫/2005年発行)70頁
鴇田智哉(18)
花烏賊をひらけば波になりにけり
季語は「花烏賊」で春。
夏の季語の「烏賊」だったならば、波にはならなかったのでしょうね。海あをければ海へちったさくらが、いつか透きとおって烏賊になり、そして、なのかも知れません。
◆
引用句典拠/句集『こゑふたつ』(木の山文庫/2005年発行)61頁
鴇田智哉(17)
ゆく方へ蚯蚓のかほの伸びにけり
季語は「蚯蚓」で夏。
偉大なる蚯蚓の所業に関してのダーウィンの発見は、これは生物学者にお任せするとして、それでも人類よりも古くからこの大地に歴史を刻んできた蚯蚓の、その一匹の伸び縮みには、人間などは存在せぬが如くなものがあるに違いないのです。
◆
引用句典拠/句集『こゑふたつ』(木の山文庫/2005年発行)47頁
鴇田智哉(16)
かげろふを川向うから来て坐る
季語は「陽炎」で春。
普通の散文にすれば、川向こうから陽炎の中を来て、そしてここに坐る、なのでしょう。しかし、このように記述されると、それとは違う何かが、まるですべてを曖昧模糊とさせていて、と思えてなりません。
◆
引用句典拠/句集『こゑふたつ』(木の山文庫/2005年発行)36頁